大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(く)17号 決定

申立人 張福全

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の理由は、抗告人は昭和三四年八月三一日東京地方裁判所において外国為替及び外国貿易管理法違反等被告事件につき「被告人を懲役二年及び罰金百万円に処する。但し本裁判確定の日より三年間右懲役刑の執行を猶予する。右罰金を完納することができないときは金二千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する」旨の判決の言渡を受け、控訴期間の経過により右判決は確定したが、その後上訴権回復の請求をなし、これが当否は未だ終局的に決定されていなかつた。然るに東京地方検察庁検察官は同年十二月二日突如罰金不完納として抗告人に対し労役場留置の裁判の執行をなし、抗告人は同日より府中刑務所に留置されるに至つたが、罰金刑の執行についてはこれを納付するに必要な相当期間を定めて催告した後始めて労役場留置の執行をなすべきものであつて、かかる催告なしになされた検察官の右処分は違法であるから抗告人は原審に異議の申立をしたところ、原審はこれを棄却したので本件抗告に及ぶ次第であるというにある。

よつて按ずるに、抗告人に対する前記判決が上訴期間の経過により昭和三四年九月一五日確定し、これに対し抗告人が東京地方裁判所に申し立てた上訴権回復請求についても刑事訴訟法第三六五条による執行停止の決定がなされることなく右請求を棄却する決定があり、右決定も最高裁判所同年一二月二六日附特別抗告棄却の決定により確定したことは本件異議申立記録に徴し明らかである。従つて本件労役場留置を執行した当時においては右上訴権回復の請求の当否について終局的な決定はなされていなかつたとしても、前記判決は昭和三四年九月一五日を以つて確定し執行力を有るに至つたものである。そして刑法第一八条第五項乃至第七項の規定に徴すれば、刑法は罰金を言い渡した裁判が確定したときは、言渡を受けた者において速かにその罰金を納めることを期待しているが、ただ言渡を受けた者に対し罰金納入を準備する期間を与えるため、罰金の裁判確定後三〇日以内は本人の承諾がない限り労役場留置の執行をすることはできないとしたものと解すべきである。故に裁判確定の日より三〇日を経過した後は、検察官は合理的に判断し、本人に罰金を完納することができないものと認めたときは何時でも労役場留置の裁判を執行し得るものというべきである。

抗告人は検察官が本件労役場留置の執行をするに当り罰金を納付するに必要な相当期間を定めて催告すべきであるのに抗告人に対し何等催告がなかつた旨主張するが、仮りに催告をするとしてもそれはその結果検察官において本人が罰金を完納することができるか否かを判断するための資料を得ることを目的とするに止まり、催告のないことを以て直ちに労役場留置の執行が違法となるものではない。記録によれば東京地方検察庁においては昭和三四年12月一日本件の執行に先立ち東京入国管理事務所に照会し抗告人の所持金を調査したところ、その額僅少にして罰金を納付する資力がない旨の回答があり、更にその翌二日同庁徴収課員が右管理事務所に収容中の抗告人に罰金納付の告知をしたところ抗告人は釈放されなければ納入できない旨申立てたので検察官は抗告人は罰金を納付することができないものと認めて即日労役場留置の執行をしたことが認められる。のみならず抗告人の内妻所有の土地家屋についても根抵当権が設定されてあつてその換価が容易でないことは記録によつて明らかであり、また労役場留置の執行開始後においても未だこれを納付した事跡のないことに徴しても抗告人に右罰金を納付し得る資力あるものとは認められない。然らば検察官が抗告人は罰金を完納することができないものとして前記判決確定後七八日を経過した昭和三四年一二月二日抗告人に対し労役場留置の裁判の執行をしたことは何等違法ではないから抗告人の異議申立を棄却した原決定は正当であり本件抗告は理由がない。

(裁判長判事 岩田誠 判事 渡辺辰吉 判事 司波実)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例